10. 核酸・・・光エネルギーと化学エネルギー

原始地球の海の深さはほぼ2000mと見積もられている。海洋地殻は直径が700kmほどのプレートに分かれていた。マントルが湧きあがってプレートが生成するところでは熱水噴出孔が存在し、プレートが沈み込むところでは海溝が形成され、マントル中で溶けたプレートがマグマとなって噴出し、大量の花崗岩を含む海底火山を作った。プレート境界でマントルの熱が放出されていたとすると、原始の地球では弧状列島、中央海嶺の総延長は現代の20倍近くあったであろう。

原始地球には陸地はほとんどなかった。雲は現在のように錯綜したパターンを示すのではなく、木星や土星の縞模様のように規則正しく並んでいたであろう。海流も同じように規則正しく、層状に並んでいたのではないか。マントル対流は地球の自転の影響を受けただろうか?堆積岩は作られたとしてもわずかである。海底に有機物の沈殿があったとしても地中深く埋没することは稀であった。海底に存在したものは海溝の沈み込み帯に付加体として蓄積した。付加体は主に火山からの噴出物で埋没した。

最初に作られた低分子の有機化合物はアミノ酸や核酸塩基がよく研究されている。これらは生物の構成要素だからである。他種の分子も多数合成されたと考えられるが、あまり研究されていないようだ。

核酸塩基のひとつであるアデニンは六角形と五角形がくっついたヘテロ環構造を持つ。アデニンはシアン化水素とアンモニアから比較的簡単に合成される。アデニンのように窒素を含むヘテロ環分子では水素結合や金属と錯体を造りやすい。思いつきに過ぎないが、重金属イオンと核酸塩基とで原始的な光炭酸固定を発生したのではないか。二酸化炭素は重金属錯体の触媒で水素と反応してホルムアルデヒドを作る。核酸塩基は紫外線を吸収して活性化状態になる。核酸塩基などヘテロ環分子がたくさんつながった分子も可視光で活性化される。葉緑素(クロロフィル)や血色素(ヘム)は金属イオン(クロロフィルではマグネシウム、ヘムでは鉄)にヘテロ環分子が配位し、錯体を形成した分子である。原始の地球で誕生した重金属イオンとヘテロ環分子で構成された錯体は太陽光で活性化し、金属イオンの触媒作用で水と二酸化炭素からホルムアルデヒドが作られたのではないか。

ホルムアルデヒドは反応性に富む物質で、水素結合を作るような分子と反応し、2つの分子を結合してしまう。光エネルギーを使って二酸化炭素からホルムアルデヒドを作り出すヘテロ環-重金属イオン錯体は、生産物であるホルムアルデヒドで連結して安定し、大量に蓄積されたと想像している。重金属を含み、光エネルギーを化学エネルギーに変換する分子は二酸化炭素を大量に同化して、有機物を供給した。ホルムアルデヒドはそれ自身でつながり合う性質があり、パラホルムアルデヒドか糖になる。また、いろいろな分子をつないで橋かけをする。糖、タンパク質、核酸など、生物の体を作る分子は水素結合を造りやすい原子グループを持ち、ホルムアルデヒドと反応し、橋かけされ、固められる。

細胞はアデノシン(アデニンとペントースの結合した分子)を含む分子を「活性状態」を運搬する分子として利用する。高エネルギーリン酸結合を運ぶアデノシン三燐酸(ATP)、酸化還元状態を運ぶNADHとNADPHはいずれもアデノシンを含んでいる。そのほかに、酵素の活性中心で働く低分子である補酵素もアデノシンやヘテロ環を含んでいる。これらの活性状態を運ぶ分子はアミノ酸や核酸を作るのに利用される。生物ができる前に作られた物質から選ばれたものであろう。同様に、核酸のバックボーンを構成するリン酸基も生化学反応のいたるところに顔を出す。リン酸塩が生化学反応に利用されるに到った経緯も不明である。

放電や海底の熱水噴出で起こる反応だけでは生命の発生に必要な有機物を供給しきれないのではないかと、光エネルギーを利用した二酸化炭素の同化を仮説として提示してみた。

生物の体の水分は70%。裏を返せば30%が有機物や無機物(骨など)である。牛乳は10%程度の有機物を含むので、生命が誕生した場は牛乳より濃い。有機物を濃縮するメカニズムが必須である。タンパク質や核酸は2価以上の金属イオンの濃度が高いと沈殿する。豆腐を想像していただきたい。単純な濃縮方法であるので、有機物の塊が泥と一緒に海底に沈んでいた可能性はあるだろう。沈殿は特に秩序だった構造をとっていない。一方、生物体は空間的・時間的にタンパク質や核酸が秩序だって配列されている。秩序を維持するための遺伝情報はどうやって誕生したのか。言い換えると、基本の分子がどう組み合わさったか。生命現象は増殖であるから、ポジティブフィードバックループが中核になったと考えることができる。

海底に蓄積された有機物質の中で、タンパク質、RNAは複合体を造り、その中にはRNAにヌクレオチドを付け加えるもの、タンパク質にアミノ酸を付け加えるものなどができたはずである。RNAは相補関係により、特定の塩基を付け加える性質もあった。これらのシステムはやがて洗練されてRNAは複製情報を形成し、タンパク質はRNAと共同して複製装置を担うことになった。

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生物はいつごろ誕生したのか。この答えには決定的な回答がありません。地球誕生が46億年前。巨大隕石の襲来がおさまり、大気や海が安定したのはおよそ40〜38億年前。最初の堆積岩が確認されたのは38億年前。そして、すでに、その時代に生物由来と思われるグラファイト(炭化物)がありました。光合成をする生物は質量数12の炭素を質量数13の炭素より炭素固定時に優先的に取り込むので、生物由来の炭素は13C/12C同位体比が無機物の炭素の13C/12C同位体比より小さくなることが根拠です。細胞の最古の化石は西オーストラリアで発見された35億年前のシアノバクテリアと思われるものです。この最古の化石に関しては現在論争中ですが、同地域からは他にも熱水環境中で生息していた微生物の化石と思われるものが多数発見され始めています。もし、35億年前の微生物化石がシアノバクテリアとすると、すでに複雑な生物が存在したことになります。細胞を構成する物質の誕生は、5億年はさかのぼらなければならない。なぜ、5億年? 実は根拠がありません。

5億年というと、バージェス生物群が出現(5億7千万年前)してから、ほぼ現代までに相当します。すなわち、多細胞生物の進化の歴史に匹敵する期間です。今回は光エネルギーを利用した炭素固定(光合成)についての空想を書きました。微生物サイズのグラファイトの塊を生きた細胞を仮定せずに作れないかを考えた結果です。35億年前の微生物化石は細胞なのでしょうか。答は永遠に得られないかもしれません。その場合、科学的で、合理的な「空想」をもって、歴史を語ることは反則でしょうか。生物誕生前の生体物質の初期進化(化学進化)は化学的で、合理的な「空想」を作り上げる作業を行っているように見えます。科学でもちょっときわどい領域です。が、楽しい領域でもあります。

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生物は熱力学の第二法則に反して、エントロピーの高い状態を保ち続ける物質です。そのためにはエネルギーが必要です。必要とするエネルギーは化学エネルギー(食べ物)と光エネルギー(植物が利用)です。これらのエネルギーを体の中に取り込んでは捨てる流れ作業が分子的に組みあがった複合体が生物体です。

単に寄集まったのではなく、組みあがった状態はどのような性質を持つのでしょうか。解りやすい例はネガティブフィードバックとポジティブフィードバックです。化学反応で生じた物質(生成物)が基の反応を抑制するのがネガティブフィードバックであり、促進するのがポジティブフィードバックです。ネガティブ・フィードバックの場合は化学反応を一定の範囲に納める効果があります。ポジティブ・フィードバックは一気に反応を進め、そこにある化学反応の出発物質(基質)を消費しつくして終了します。

細胞内では2つのフィードバックシステムは色々な場面で出てきて、細胞の自己組織化をうまくコントロールしています。ネガティブ・フィードバックは代謝反応の制御や細胞増殖の制御に利用され、ポジティブ・フィードバック系は情報伝達と応答反応に利用されています。遺伝子発現の制御、複製や細胞分裂など複雑な生命現象は両方が同時に働き、巧妙な仕組みが成立しています。

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人間社会でもフィードバックの考え方は多く取り入れられています。個人レベルでは反省。反省とは経験から学んだ大切なことを文章にして、他人に伝えることができる形にすることです。通常、反省はポジティブではなく、ネガティブな経験から教訓を導き出すように使われます。自らの失敗や不十分さを謙虚に認めることや、同じ過ちを繰り返さないために、原因を分析し、見つけることを意味します。

親や先生が「反省しなさい」と強制することがあります。これでは、自分は悪くないと思っていると、自己弁護や責任転嫁が先にたち、自分の行為を分析しないばかりか、苦役を逃れたいための紋切り型表層的な反省文ができあがることでしょう。失敗の原因を冷静に分析しないため、将来の失敗を避けることはできません。

ただ、同じように「反省しなさい」と強制しても、親や先生に対して信頼感がある場合、親や先生が反省することで常に成長する姿勢を見せている場合は、素直に反省するのではないでしょうか。そのような関係があれば、強制しなくても疑問文の形で反省を促すことができます。過去の行為を伝えてみて、よかったが、もっとよい方法はなかったか、と問いかけるだけです。

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社会的なフィードバックも制度として多く取り入れられています。行政の行動に対しては選挙やマスコミによる世論調査、裁判、NGOの活動などが評価をします。経済活動に対しては価格や市場、株価などが結果的にポジティブ・ネガティブに作用します。これらは外部の独立した仕組みとしてのフィードバックシステムです。実際には、組織は何らかのフィードバック制度を内蔵して安定を保とうとしています。歯止めとしてのフィードバックシステムがないと、組織がうまく働きません。もっとも、組織は多様な考え方を持つ人々の集まりですから、一部の人の思惑と逆の捉え方をする人の集団があって、うまくバランスをとって全体が運営されるものです。

社会的なフィードバックの問題点は個人レベルのように迅速に機能しないことでしょう。新聞の社説などの批判の大部分がフィードバックの遅れに対して提言しています。もっとも、すぐに反応するようだと、全体主義的傾向が強まったのか、みんなが大切な情報を見落とすように情報操作されているか、なんか空恐ろしい気がします。

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連続する化学反応の場合、フィードバックは最後の産物が最初の反応を制御することで達成されます。しかし、生物の行う代謝には単純な一方通行ではなく、循環しているものがあります。エネルギー代謝であるTCA回路と光合成の暗反応に相当するカルビン回路、尿素を作り出す尿素回路があります。回路で中間産物としてできる化合物はいろいろな分子の出発材料ともなっています。まさに、代謝経路の交差点です。TCA回路では物質の流入は1箇所のみで、一回転すると、入ってきたアセチル基は活性化された水素(NADHなど)と二酸化炭素になります。おそらくこの回路は他の分子の代謝経路と複雑に絡み合って制御されているのでしょう。

アセチル基(CH3CO-)は単純な分子ですが、これを完全に利用するために形のよく似た9つの化合物を使います。それぞれの化合物は少しずつ専用の酵素により加工されます。この回路図をはじめて見たとき(高校の図書館で、岩波講座現代生物科学であったと思います)はその無駄のなさと、精巧な仕組みに驚いたものでした。

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生物を分子レベルで勉強すればするほど、分子機械としての生物が実に巧妙で複雑な代物だと解ってきます。これほどまでの仕組みが自然とできあがったとはとても考えにくいことです。しかし、自然とできあがったのでしょう。完成までに40億年ほどの年月がかかりました。その時間の長さは想像を絶しています。

つづく

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