15. 光合成・・・酸素と有機物の供給

27億年前の大異変の後、陸地が集まる間に浅海の面積も増加した。地磁気の傘で宇宙からのエネルギー粒子の襲来も阻止された。海面付近まで進出してきた光合成バクテリアが本格的に繁栄できる環境条件が整備された。この頃の光合成バクテリアであるシアノバクテリアの繁栄の痕跡は、ストロマトライト化石として堆積岩に残されている。

シアノバクテリアは現在も世界中の様々な環境で生息している。シアノバクテリアは、普通の植物と同じように葉緑素をもつが、葉緑体のなかに閉じ込められずに細胞中に拡散している。葉緑素の緑色より、他の色素が強いため、青みがかったり、赤みがかったりして見える。浮遊する種もあるが、ほとんどは群体や糸状体を形成する。シアノバクテリアはべとべとしたグリコカリックスを排出して海中の砂粒などをくっつける。シアノバクテリアは積もった砂粒の表面で細胞分裂をし、数を増やす。そしてまた砂粒を上にくっつけていく。こうして長い時間をかけて積もった砂粒はしま模様になり、年輪を持つストロマトライトができる。ストロマトライトはラン藻が光を求めて成長した証拠であろうか。

ストロマトライトの一番外側にはシアノバクテリアの膜があり、その内側に別の種類のバクテリアが定住している。共利共生関係にあると思われる。27億年間、基本的な関係は変化していないだろう。ストロマトライトは他の細菌を呼び寄せて生態系を作り出し、真核生物の進化の土台を提供した。ストロマトライトは20億年前に最盛期を向かえた。

シアノバクテリアを中心とした光合成生物の繁栄により、生物量が今までより遥かに増えた。さらに、有機物の供給、生態系における物質循環の経路も変化した。生物生産は主に浅海や海洋表層で行われ、生産物が海底へと沈降する物質移送の経路が開かれた。海全体へ高分子有機物が供給され、海洋表層のみならず、海洋底へも生物圏が拡大した。それまでの海洋底では熱水循環系の周辺にしか生物圏がなかった。大量の炭素が固定され、生態系に加えられた。その後の進化を保障するだけの有機物が作り出された。

シアノバクテリアは光合成により水中の二酸化炭素から、酸素を作り出した。酸素は海水中の鉄イオンと結合し、酸化鉄になって沈殿した。現在、人類が主要な鉄鉱石として利用している縞状鉄鉱層は26〜18億年前に堆積した。空気中の酸素濃度は25億年前から5億年前まで大気中に1%程度存在するようになった。

一方で空気中の二酸化炭素は減少し、気圧も低下した。また、二酸化炭素による温室効果もなくなった。地球は何度か全球凍結を経験したかもしれない。

酸素がコンスタントに供給されるようになると、酸素を使った呼吸をもつ生物が進化した。酸素呼吸のエネルギー効率は有機物を分解するだけの呼吸(醗酵)に比べて非常に高く、高度な生物の誕生と進化を支えた。

+++ 人間の時間感覚は対数的である +++

ずっと古い時代の長い時間で起こった出来事について推測を加え、記述してきました。長い時間は想像もつかない変化を引き起こしているかもしれません。人間活動に比べて、億年の期間は比べようもなく長いものです。人類はこの時間を実感することができません。

人間の時間感覚は対数的であるように思います。10年前と20年前の時間の距離は100年前と200年前の時間の距離と同じように感じられます。さらに、1000年前、1万年前と、なんとなく等間隔で並ぶようなイメージです。物理的な時間は長くなっているのですが、感覚的にはその長さは感じられません。

歳をとると時間のたつのが早くなると実感します。若いときはただ座ってじっと待つのがいかに長く感じられたことか。同じ場所でただ座って待っても、今では待っていられます。エネルギー代謝が低下して、細胞の活動周期がゆっくりになったのではないか。コンピュータに擬えればクロック数の低下です。しかし、クロック数が低下しても無駄なデータの出し入れをしなくなれば性能は低下しません。

老化と神経細胞の活動周期の研究ではクロック数の低下は観察されません。時間が経つのが速く感じられるのは、新奇の体験が少なくなり、今までと同じ体験をしている間は時間を記憶しなくなるためです。また、過去の時間と記憶を対数的に折りたたんでしまうためでしょう。

+++ 製品には長期間、機能する保証が必要である +++

製品開発では長い時間で起こる変化を評価し、品質を保証しなければなりません。

医薬品では安定性試験。食品では保存性試験。機械では耐久性試験。これらの試験は製品の性能を保証する一つの要素として基準が示されています。基準を定めるために、また、検査するためにたくさんの公益法人が設立され、運営されています。

医薬品を例に取ると、安定性試験とは医薬品の品質が温度や湿度などの影響を受けて、どのように経時的に変化するかを科学的に評価する試験です。評価のために試験計画書を作成し、実際に保存、分析を行い、その結果を試験報告書にまとめます。また、試験の信頼性を担保するために、保存機器、分析機器の保守管理や操作について手順書を作成し、完備します。分析技術は科学の発展に応じて改良されます。試験結果に基づいて医薬品の有効期間や保存条件が決められます。なお、試験計画書や手順書は安定性試験に限ったことではなく、医薬品開発の全体にわたって完備する必要があります。

わざと苛酷な環境において、どのような分解物が生じるかを調べたり、分解物が動物に対して害を及ぼさないか調査する安全性評価も必要です。さらに、使用状況を考えて、その条件をシミュレートした試験が必要です。運送のときに、トラック内で高温にさらされるかもしれない。輸送中は数日間、揺らされるかもしれない。患者さんは開封した後、飲み忘れて、1日、置いてから飲むかもしれない。薬を入れた状態で容器や栓も試験されます。

+++ 長期間の試験は製品開発の律速段階である +++

医薬品の安定性試験は通常3年間ほどかかります。保存のための工夫の成果は3年後に明らかになるわけです。逆に、他の性能試験にパスしても、安定性試験で失敗する可能性があります。他の性能試験はがんばって比較的短期間でやり直しがききますが、安定性試験はどうあがいても同じ時間がかかります。

簡単な機器類でも10万回の動作をテストする耐久性試験や過酷な環境下でも同じ性能で動作することをテストする長期負荷試験を行います。試験で満足する結果が得られない(設定した合格ラインに達しない)と設計を再検討してやり直しになり、製品開発期間が延びて新製品の完成・出荷が遅れてしまいます。時間的に失地回復できるものではありません。開発研究で不正が行われやすいのはこの試験部分でしょう。あるときは研究員の独断で、あるときは上司からの圧力で。

+++ 昔ながらの製品は超長期試験がなされたと見なせる +++

建築物は日用品などより遥かに長い期間使用されることになります。トンネルなどでは最低数百年、廃棄物の処分場などでは数千年、放射性廃棄物では数万年の使用が前提となります。しかし、科学的にデータが取れる範囲では、よく使われる建材であるコンクリートでも百年の実績しかありません。建築・土木分野では昔から使われてきた木や石以外では百年を越える長期間にわたるデータはあまり蓄積されていません。

紙は実績のある記録媒体ですが、保存状態がよい条件で約千年でしょう。石は持ち運びには不便ですが、刻まれた記録は数千年は持ちそうです。コンピュータで使用しているフロッピーディスクなどの磁気媒体は寿命が数年です。磁気の保持能力が保存期間を決めます。光磁気媒体(CDやDVD)は10〜30年です。化学材料(ディスク部分の劣化も含めて)が寿命を決めます。染料系のインクも化学物質なので、せいぜい寿命は100年というところでしょう。紙は1000年持っても、記録するインクが染料系だと、保存性が悪いことになります。顔料系のインク(固体の粒です)であれば、紙と同じだけ保存できるでしょう。きちんと保存されたマイクロフィルムは500年ほどでしょうか。

電子媒体の場合は情報を得るために目のほかに読取装置を必要とします。読取装置の寿命をあわせて考えておく必要があります。

+++ 放射性同位元素を調べることで長時間を正確に測定できる +++

長い時間を測定する時計は同位元素によって与えられます。物質は原子からできています。原子は電子、陽子、中性子で構成されています。陽子と電子は同じ数だけあります。ところが、中性子の数は一定でありません。水素原子は中性子が、0個、1個(重水素)、2個(トリチウム)の3種類があります。当然のことながら、質量数が大きい原子ほど、中性子の数に幅があります。これを同位体または同位元素と呼びます。同位元素のいくつかは、放射線を出して異なる原子へと変わります。放射性同位元素と呼ばれ、700種類ほどが知られています。変化は原子核レベルで起こりますので、周りの環境に左右されません。常に一定の確率で変化します。

炭素を例にすると、中性子が7個、8個という炭素が存在して、この場合の質量数はそれぞれ、13、14となります。質量数14の炭素14C(14は肩上げ)はベータ線(電子)を放出して窒素14Nになります。変化の確率は半分が変化する時間で表し、半減期と呼びます。閉じ込められた炭素の塊の中の14Cの割合は閉じ込められたときから5730年毎に半分になっていますので、14Cの量を正確に測定すると、閉じ込められた年代がわかります。通常、14Cは1兆分の1ほどしか含まれません。他の炭素(ほとんどが12Cです)に比べて2兆分の1しかなければそのサンプルは5730年前のものとなります。

これほどの量を正確に測定するには質量分析装置が必要です。また、これほどの微量な量を測定するのですから、サンプルに周りのものが紛れ込まないように細心の注意を払わなければなりません。方法は十分吟味され、約6万年前までならば14Cの量で年代を決めることができます。

同じように、ウラン、トリウム、鉛の放射性同位元素崩壊系列を利用した半減期40億年ほどの時計、ルビジウム・ストロンチウムやカリウムを利用した半減期10億年ほどの時計が利用されます。

+++ 生命は永遠を志向する +++

生物の仕組みは自身の生命活動をできるだけ長く維持するようにできています。個体の生命活動が潰えたあとでも、子孫にその仕組みを伝えることで、種全体としては永遠に生き残るようにできています。また、様々な遺伝的な多様性を包含する懐の深さを持って、環境の変化に生き残りを図ります。生物全体はお互いに助け合い、たとえ、絶滅する種があったとしても、生命システムは生き残るように形作られてきました。

生物のこの基本的な志向の基礎は生物が目に見えないサイズであった20億年ほどの間に築かれました(私はストロマトライトの時代と思っています)。それは遺伝子を基本とする生物体の複製システムです。あまりにも完成しすぎていて、我々は完成以前の歴史をたどることができません。不完全な中間状態の遺伝子が切り捨てられ、葬り去られたことも生物体の複製システムが完成しすぎていると感じる原因でしょう。新しい遺伝子は古い遺伝子から作られるように見えます。

精緻でありながら、いい加減である。生物体のように、自由度を保ったまま、できるだけ正確に機能する巧妙な仕組みは、人類はまだ作り出せずにいます。

+++ 科学的に実証できない長期の変化は先手を取るべきか +++

自然科学は同一条件で反復実験をしてデータをとることによって因果性を確定します。私は自然科学の定義を再現性とそれに基づいた論理構成と考えています。学問が再現性を重視しているかは、その学問領域での新発見を報告するとき、発見に至る方法が他の人にも再現できるように書かれているかで判断できます。現代では、新発見は学会での口頭発表や論文として報告されます。そのとき、その発見に至った方法を使うと、他の人でも(極端には素人でも)、同等のデータが得られるかがポイントです。なお、結論(解釈)は異なっていてもかまいません。

ところが、実際に実験を行える領域は限られています。まず、地球規模の現象は実験することができません。観測し、モデルで実験します。モデルと実物とが同等であるかが解釈の分かれ道です。また、何百年もかかる現象、すなわち、歴史的時間がかかる実験も行うことができません。人の一生程度の時間ならば十分に計画し、予算措置をすることで実験(調査)することができます。それでも政治的に結論を急がなければならないことがあり、その場合は不十分な実験により結論が出され、あとで問題になります。

実験できない場合は、モデル実験を行い、一定の条件で得られたデータを外挿的に応用して、予測値を出すという作業がどうしても必要になります。モデルはあくまでモデルであり、実物とはずれがあります。規模と時間が大きくなると、ずれも大きくなります。また、モデルは通常、いくつかの性質を代表することが多く、それを全体に応用する場合、解釈の仕方も人それぞれになります。

地球環境など、規模も大きく時間も長い場合は、方向を誤ると手遅れになる可能性があります。疑わしきは先手を取らなければ危ないという政治的な判断が先行し、後の世代から見たら杞憂ともいえるような具体策が採られ、逆に必要な対策がなされなかったなどということが起こりうるでしょう。基本的には対処療法となり、政策は迷走することになります。それを非難することなく、また、非難されてめげることなく、現実を見据えた対応と新たな変化や発見にすばやく反応する態度・体制が必要です。

+++ 時間の感覚は距離の感覚と相関する +++

世間ではときどき距離を時間で測ります。代表的な例は「光年」でしょう。光の速度が最速で一定であることから、広大な宇宙を表現する時に、距離が光の届く時間に換算されます。つまり一万光年ということは、一万年かかって光が届く距離にその天体があるということです。

現代の地図は距離を距離として測定して二次元空間として表現されますが、昔は実際に旅行してかかった時間が根拠となったでしょう。甲町までは何日、乙山を越えるのに何日、といった具合。現在の地図に比べてデフォルメされるのは当然です。歩くか、馬か、船かによる違い、ルートによる違いは感覚的に調整され、調整センスの高い地図が重宝されたのではないでしょうか。逆に、時間的距離が地理的距離としてイメージされることもあります。遠い祖先は遠いところに住む。古い神ほど、偉大で、かつ遠くに住む。そこに至るまでのイメージの道のりが長いためです。

現代では距離は時間で測り、かつ、お金でも測るようです。円高になって海外は非常に近くなりました。自家用車を持つと、時間的な距離感は、短縮され、かつ、金銭的な距離感も短縮傾向にあるようです。近頃は原油価格、ガソリン代も高騰していますので、世界も少し広くなるでしょうか。

+++ 人は1年で出来ることを過大評価し、10年で出来ることを過小評価する +++

人は1年で出来ることを過大評価する。計画段階では目論見も入り、また、上司の期待も入ってより必ず過剰な計画ができます。ですから、1年たったときにこの程度しか進まなかったと反省する。こうして一年は過ぎていきます。

でも、ちょっと思い出してみてください。10年前、今の自分が予想できていましたでしょうか。10年間にやってきたことをリストアップしてみると、意外にいろいろなことを仕上げております。社会的なものの見方も成熟している。不安や心配事の切り回しだって上手になっている。人から頼られる存在になっている。というわけで、人は1年で出来ることを過大評価するが、10年で出来ることは過小評価する。

目先の成果に腐らず、長く続けることが長足の進歩の秘訣です。長く続ける秘訣は決して無理をしないこと。そのための動機をしっかり確認することでしょう。

+++ いくらあっても「もう少しあれば」と思うお金と時間 +++

ボーナスを手にして、あれも欲しいし、旅行もしたい。でも、将来に備えて貯金も必要ね。そして、いつも出る感想は、「あーあ、もう少しあったらいいのにね。」

お金はいつももう少しあれば満足する結果が得られるはずだと思うものです。家庭でも、仕事でも、研究でも。しかし、十分にあっても、なぜか、満足する結果が得られないのが不思議です。そして、「もう少しあれば」と思ってしまう。必ず不足するお金と時間。そう思うとちょっとは不満が解消されますか?

所得の大きさは幸福と相関するか。じつはある程度までは相関しますが、それ以上はいくら増えても足りないものだそうです。相関するレベルは先進国では年収1万ドルくらいとされています。むしろ、金額より仲間内での所得の位置が幸福度と相関が高いそうです。

時間は?ちょっと複雑そうですね。忙しい方がいいのか、のんびりしている方がいいのか。少なくとも、逼迫するような状況は避けたいものです。

つづく

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