日記代わりの前書き集


平成21年5月16日 -No.0/5-
 森羅万象の系譜は第5版がスタートです。今回は初心に戻って森羅万象と百家万説の系譜の「はじめに」からスタートしました。足掛け6年間になりますが、その間に私の考え方や世の中の理解は進歩したでしょうか。

幼子の次第しだいに智恵付きて 仏に遠くなるぞ悲しき

禅的生活(玄侑 宗久著、ちくま新書より。どなたか本当の出典をご存じないですか)


平成21年5月23日 -No.1/5-
 新型インフルエンザは順調に人間社会に蔓延し、香港型、ソ連型に次ぐメキシコ型になりそうです。新しい型のインフルエンザが伝播する様子が今回はリアルタイムに観測されたではないでしょうか。先進国の死亡者数に対するメキシコでの死亡者数は多すぎますが、この辺の理由も1-2年に明らかにされるはずです。
 インフルエンザ・ウイルスの分子的な構築、体内、細胞内での複製様式などは詳細にわかっていますが、実は、集団の中での感染の広がり方、伝染の仕方についてはあまり科学的には解析されていません。社会の中での感染者の広がり方は調査が大変で、かつ、検証がほとんど不可能なためです。言い換えると、研究で明らかにされた伝染メカニズムが化学的な法則なのか、その集団に特異な現象なのかが区別できないのです。
 それでも感染の広がり方について、単純なルールを決めることでコンピュータでシュミレーションし、伝播の法則のようなことがわかってきました。離れた農場・牧場の間での伝染は人間が病原体を運ぶケースが多いこと、病院内での感染では特定の人(super-spreaderと呼ばれる)が感染を広げることがわかってきました。
日本人は潔癖すぎですね。マスク着用を指示した高校もあるようで、マスク軍団が電車に乗り込んではしゃぎまわっているのもなんか妙です。


平成21年5月30日 -No.2/5-
 どうも有給について若い人との間に考え方のずれがあると感じてちょっと調べてみました。いまや、本で調べるよりネットで調べたほうが若い人の考えに近いようですね。
 驚いたのは有給をとってもよい理由について。やむをえない理由で取得するのではなく、好き勝手に休んでよい休日であること。しかも特に理由を述べる義務はありません。むしろ、当日調子が悪くて休む場合は、事前に連絡しなかったために欠勤扱いになってしまうという解釈でした。理由を述べるのは、業務の都合で取得日をずらされないようにあらかじめ手を打つという意味でした。
 年間労働日数は240日ほどですから、20日も付与するとは労働日数の8%も休んでよいとなります。休まないことを前提に給与を決めたとすると経営は危うい。今の若い人や権利意識の強いおばさんも含めて、有給をすべて休まれると人員シフト調整、教育をするための余剰な雇用が必要ということになります。うちの部は個別にマイペースで仕事をする研究職ですから、自由勝手に有給が取れてしまう。しかも、研究が予想外に困難だったといわれ、それなりにデータ(ネガティブデータ)を積み上げられると短期では考課できない。
 有給休暇の付与日数は労働基準法で決めていますが、今までは取りにくかったので、増やしたのではないでしょうか。法では付与日数を少なめにして、会社の都合や考え方を出せるようにした方がよいと思います。例えば年間の付与日数を10日(これができない)にして取得できる権利を5年間(これはできる)にしたほうがよいのでは。
 なお、突発事態に対して事前に請求できないとしても、有給を欠勤日に振り替えることは労使の間で了解があればOKです。実際のところ、冒頭で述べた欠勤に対してはこれで対応している(暗黙の了解も含めて)ようです。小さいお子さんをお持ちの方もこれなら安心。


平成21年6月6日 -No.3/5-
 長年、開発プロジェクトでお世話になった田中さんが退職されました。田中さんは研究者ではなかったのですが、その分、重要なことを学びました。
 まず、契約での駆け引きを主導していただきました。難航した契約で、ここで、約1年間プロジェクトが足踏みしました。研究も実用化を視野に入れると、このようなフェーズがあることに気づかされました。それまでは基礎研究だけでしたので、組織の利害関係とはほとんど無縁だったのです。
 2つめは決断です。新規分野での開発プロジェクトに携わっていると、どうしても現業スタッフの手伝いが必要になり、負担をかけることになります。また、このフェーズを経ないことには研究成果の応用には至りません。役員であった田中さんが製造関連部門に決断を迫り、それが突破口になって、ほぼ2年間足踏みした研究を進めることができました。新規開発の最大の敵は内(現業部門)にあり。
 退職されてもアクティブな老後を送られると思いますが、まだまだ続く開発プロジェクトも見守っていただければ幸甚です。


平成21年6月13日 -No.4/5-
 ドッグイヤーになぞらえて、現代は7掛け世代と言うそうです。昔なら20歳で一人前。対して、現代は30-35歳で一人前。これだけ世の中が複雑になり、社会の秩序を一通り頭に入れるために多くの勉強と経験が必要な時代ですから、フルに働けるようになるのは30歳前後になってからでしょう。それまでは試行錯誤や模索の時期と考えられます。一人前になるのが遅い分、人生の時間が長くなっていますから、定年延長は必然でしょう。
 複雑な社会をバランスよく乗り切り、秩序を保つには高度な知能が必要です。高齢になるほど発達する知能、結晶性知能(crystalized intelligence)があることが知られています。判断力、あるいは統率力といった高度な知能です。豊富な知識・経験を結集して適切な答えを導く。
 昔なら60歳で老人になりましたが、現代では70歳でも元気な人が多い。結晶性知能を有効利用するために社会の定年に対する常識をシフトすべき時期です。


平成21年6月20日 -No.5/5-
 慢性的な円高です。極端なことを言うと、円高は輸出入のバランスの崩れによって引き起こされるもので、いわゆる輸出入産業が潤う反面、国内の単純労働産業(一次産業)が衰退します。円高のために単純労働者の賃金が国際的に上がってしまい、労働コストがコスト割れになってしまう。困ったことに、輸出産業を下支えする単純労働産業で労働コストがコスト割れしています。
 人間の能力は様々ですから、教育によってすべての単純労働者が複雑労働者に変身するわけではありません。賃金収入が途絶えれば生きていくことができない世の中ですから、単純労働者の生活に補助を出さないと治安が悪化します。
 単純に考えると、円高を乗り切るための経費削減と称して、単純労働者を派遣や一時労働者としてモノ化する戦略は視野狭窄に過ぎます。円高はやむなし、輸出品の価格上昇でものが売れなくなれば(輸出が減れば)、やがて円安になってまた売れるようになると、ちょっとだけ長期的に発想できないものでしょうか。売れない時期を乗り切るためのストックを持つこと。浮沈が周期的に起こる定常社会の発想です。


平成21年6月27日 -No.6/5-
 この年になると、10年越しの付き合いが自然になってきます。今週は10年越しの共同研究してきた人たちと飲む機会がありました。10年越しと入ってもずっと一緒に仕事をしてきたわけではなく、要所、要所で共同研究したわけです。研究や開発という仕事では同じ立場ですが、こちらは1つの研究対象でずっとやってきたのですが、向こうは1つの技術で次々と新しい研究対象をこなしていました。対比させると、こちらは様々な手法を持いて1つの対象を解析するスタイル、先方は1つの手法で様々な対象を解析するスタイル。共通するのは物づくり。お互いに研究と商売の狭間にいるのも似ています。
 悩みも共通で、コストや人事・教育、新しいテーマはないか、など。一緒にやっていた人のその後についても話題が展開し、楽しいひと時を過ごすことができました。つい酒を飲みすぎて翌日はつらい思いをしましたが、また2-3年後くらいに一緒に共同研究ができればいいなと思っています。


平成21年7月4日 -No.7/5-
 今週はたくさんの会議がありましたが、半分以上がだめ会議でした。いわゆる、会して議せず、議して決せず、決して行わず。目的が明確でなかったので、何をどこまで発言していいかわからない会議が3つ。集まったが単に報告と感想を述べただけの会議が6つ。この中には情報交換が目的の会議は含まれていません。
 会議が有意義になるかどうかは、主催者の目的意識がどのくらい高いかにかかっています。情報交換が目的の会議は資料を準備するか、少なくとも要点をまとめたメモを用意してもらう。会議の時間は1時間以上は必要ないでしょう。その時間内に決定する事項を決めると、必然的に事前に資料を配布することになり、全員がそれに目を通し、意見をまとめておく必要が出てきます。要は決定会議をスピードアップすると担当者が完璧な準備を強いられるわけです。
 だめ会議になりやすいのは、定例会議、上から押し付けた会議、主催者の能力が低い会議です。


平成21年7月11日 -No.8/5-
 戦後、日本人は民主主義教育を受け、集団主義から個人主義へと転向しました。個人主義は他人の人格や自由、人権を尊重することから生まれるので、他者に干渉しないことを美徳とします。また、合理主義と結びついて、干渉や支配は契約によるものとされます。
 それが浸透したためか、他人に頼らない代わりに、他人をも頼らせない姿勢が見えています。余計な付き合いをせず、境界線をきっちり引いてその内側に生きる。個性尊重だから無理強いしない。すなわち、言っても無駄、教えても無駄。人のことを決めつけてはいけない。押し付けてはいけない。すなわち、いろいろな人がいていい。ちょっとおかしな人、ちょっと非常識な人でもみんなが受け入れていればいい。
 賢く計算し、余剰も無駄も出さない生活、付き合い、仕事ぶりを目指して日々、時間管理、自己管理をして生きる今どきの若者です。そういう私もしっかりとその雰囲気を身につけております。でも、人間社会は持ちつ持たれつ、助け合い、もたれ合い、尽くし合いであるという原則があり、それがまた楽しいことも事実ですから、仕事の上ではもうちょっと融通しあおうよ。とある管理職の呟きでした。


平成21年7月18日 -No.9/5-
 50歳過ぎたら遺言状を書こうと思っていました。いつの間にか50歳になっていて、ずっと気になっていたのですが、ようやく先日、書き上げることができました。
 家内がまだ元気なので、単に死んだ後のことを書くのでは、後は家内に一任、で終わりです。しかし、現代は遺言もさることながら、脳神経系が破壊されて、自らの意思で行動できなることにも備える必要があります。アドバンス・ディレクティブ(事前指示書)も、尊厳死の宣言書(リビング・ウイル)も書いて1つの封筒に入れました。後見人・代理人や、どこに住むかとか、希望するケアプラン、過剰な医療処置や単なる延命医療の拒否などを書きました。
 パソコン上ではA4紙1ページちょっとなのですが、手書きで書くと4ページになってしまいました。こんなに長く筆記したのも久しぶりです。家庭の状況が変わったらその都度、改訂版をと思っています。


平成21年7月25日 -No.10/5-
 やめますと、辞表を出してきたS君。実験はすきなのだが、それだけでは満足しないようです。組織の矛盾にも理解を示し、能力も高いので将来の研究コアメンバーに考えていたこちらとしては大変ショック。大学での研修を終えて、良い業績を持ってこの春、戻ってきました。
 実験95%の現在の研究では満足できず、うまく言えないけど、自分のやりたい研究と違うという。上司に勧められた生き方を選ぶのではなく、あくまで自分が選んだ生き方をしたいというポジティブな姿勢。
 医学部へ学士編入学をして、一度実践研究に携わった経験を生かして、自分の興味にあう研究者の道をもう一度、選びなおそうとしています。できる人間にとって一番モチベーションを上げるものは自分が伸びる可能性のある仕事。上司としての餞は、うちではできない面白い2,3の研究を個人レクチャーすることと考えています。


平成21年8月1日 -No.11/5-
 頑張り屋のTさん。彼女はなんにでも興味を持ち、スケジュールがてんこ盛りです。あちこちのラボに行って実験をします。しかし、ちょっと一言足りなくて、実験器具を勝手に使われたとか、強引に割り込まれたとか、評判が芳しくない。また、片付けや後始末が後回しになるケースも多い。スタート直前に試験計画が完成するので、一緒にやっている技術員も振り回されっぱなし。
 この前、ついにみんなに批判され、「どうして私ばっかりいじめられるの」、「こんなに一生懸命やっているのに」と泣き顔でした。彼女は責任感の塊ですが、Responsibilityだけなのが問題。右肩上がりの時代にはResponsibilityだけでも大目に見てもらえたけど、成熟時代はAccountabilityもとっても大事ですよ。


平成21年8月8日 -No.12/5-
 世の中には手軽に楽しめることを謳い文句にする商品やサービスがあふれています。遊園地・テーマパークや仮想的なメディアはその代表例です。手軽に楽しめるために、人々は次から次へと新しいアトラクションを楽しむことができ、日常的に非日常的な刺激を受けることができます。逆に、人々は楽しみを追い求めることに、貪欲になっているともいえます。
 限りある人生。やがて死を迎えることを意識して、死を忘れようとする欲望。短い時間でできるだけ多くの刺激や楽しみを得れば、相対的に有限である寿命も無限と同じように見える。有限の人生が有意義に過ごせたと思える。毎週のように週末には遊びにいき、そして、お金が、時間がないと嘆く。大量のDVDやゲームソフトを溜め込んで、みたか見てないか、面白かったかについて一言いわないと気がすまない。
 冷ややかに観察すると、刹那的な楽しみのためにせっかくのお金や時間を消費しているように見えます。ひどいときには、貪婪さが醜く感じられます。人生の楽しみは、そんなんじゃないだろう。


平成21年8月22日 -No.13/5-
 「わかる」の科学的な理解の一つは、経験していないことを予測できることです。ある特定の状況を認識し、その状況から何が起こるかの因果関係を知っていることです。1+2という状況から、3という答えを導く。わかっていないと、試行錯誤をして何がおこるかをそのつど調べる必要があります。
 モーターから異常な音がする。まず、音の特徴も含めて状況を認識する必要があります。当然、正常なときはどんな音であったか知っている必要があります。そこで、わかっていない素人は説明書を読み始めることになります。わかっている玄人はベアリングが寿命のようだからベアリングを交換しようということになります。おそらく、ベアリング異常について経験があったのでしょう(経験知)。
 わかることは知。本能のように生まれながらわかることがあります(生得知)。うまく説明できない(教育できない)知があります(暗黙知)。特定の状況を経験しないと得られない知であるからです。似たようなもので、ある特定の方法を選択し、それで不都合なく生活できること、それも知となります(先験知)。宗教の教義や掟が良い例です。
 日常の生活ではこれらの知を都合よく織り交ぜて「な、わかるだろ?」とくるので困ってしまいます。内容をドライに分析・分類してわかる部分とわからない部分を説明しようとすると、まず、発言する機会を失うか、最後まで聞いてもらえることはありません。


平成21年8月29日 -No.14/5-
 若い人たちが要求するのは明確と公平。事実や情報をありのままに示して、最適な回答がほしい。ごまかしとか情報操作とかはごめんだ。それは目覚めた人でありたいと願う心理でしょう。
 その心理はマス・メディアに代表される権威の有り様に由来するのではないか。マス・メディアが現実や事実を性格に報道しているのではなく、逆に、現実や事実を見えなくさせている(隠しているのはない)からでしょう。例えば、湾岸戦争では、戦争の様子が実況中継されましたが、実際のところは戦争という人殺しを認識することはなく、コンピュータ・ゲームのような感じでした。つまり、メディアがむしろ、情報の壁として機能したようです。テレビを中心としたマス・メディアは事実を写しているようですが、実際には編集され、お茶の間になじまない無残な死と死体を消し去ってしまう。こうした例は枚挙に暇がない。すなわち、若い人たちは真実は他にあるという意識を植え付けられてしまうのです。
 そこに、若い人の未熟な誇大意識が加わります。今、自分がやらされている仕事は自分には不釣合いな仕事で、本来やるべき仕事は他にあるのではないか。自分は無駄な仕事をやらされているのだが、上司はうまく情報操作をしている。目隠し状態を真っ平。そう、目覚めていたいのです。
 ところが、望んでいた仕事を現実に任すと、自分の思い通りにいかないことが出てくるや、嫌気がさして、あっさり投げ出してしまう。ちょっと仕事ぶりや内容に注文を出すと、なら、あなたがやればいいという開き直りをする。物事がうまくいかないのは、すべて周りのせいにして、周囲が自分を理解しないためと感じているようです。この辺が未熟かどうかの判断の境目です。
 仕事や会社の仕組みは比較的シンプルで、隠された真実などそれほどないのだよ。ドラマチックな人生を望むのはかまわないが、あるのは小さな仕事の積み重ね。研究者は強い自己主張と誇大妄想があるほうがいいけど、データと結果の裏づけを出し続けてほしい。


平成21年9月5日 -No.15/5-
 地球の陸地の面積は145億ヘクタール。耕作地にできるのは89-114億ヘクタール。現在のところ、一人当たり1.4-1.8ヘクタール。一人当たりの値はどんどん少なくなっています。人間が利用できるエネルギー源は太陽からのエネルギーですから、面積に依存します。
 ところが、1995年から2006年にかけて、世界の金融資産は米国株式を中心に急速に増加し、実体経済を代表する世界の名目GDPと世界の金融資産の比率は2.1倍から3.2倍に広がったと言われています。つまり、人間の生産量以上に金融資産は見かけ上増えたことになります。
 経済や金融のことはわかりませんが、これが仮想の増加(バブル)であるとすると、実態を反映しない金融の暴走は防ぐ必要があります。また、何かを(未来を?地球環境を?)犠牲にした見かけ上の豊かさならば、いつか付けを払うことを覚悟しなければなりません。
 現代は生活水準が上がり、1日8時間労働・週休2日で、十分な衣食住が得られることが前提となっています。しかし、太陽からのエネルギーのみに依存した場合は本当に生活できるのでしょうか。いつか実態をはっきりさせる必要がありそうです。


平成21年9月12日 -No.16/5-
 かつての特権階級の暮らしぶりが現在では普通の生活になっています。2000年前の巨大な権力を持つ皇帝と同じような生活環境が普通の家庭の子供や大人の日常になっているのではないでしょうか。ただし、権力以外。
 フロイトの理論は欧米的産業資本主義における上流階級の家族でしか起こりえない心理現象を説明するものでした。しかし、今では産業資本主義が世界を席巻し、この家族形態が世界中に普及したので、一般性を持つ(最も利用できる)理論となりました。
 テレビに出てくるおせち料理。子供のころを思い出してみると、昔はそんなにたくさんのおせち料理を準備していたわけではありません。郷土料理も創作でしょう。昔、食生活は単純で貧しく、質素でした。豊かな食卓が昔から続いているように集団幻想を演出したのはマスコミに振り回された人々です。
 昔の子供は空腹感に悩まされていましたが、現代の子供は食欲に悩まされている。現代の異状は、急速に進化した脳が、かつてない豊かな栄養状態(生活環境)に適合できずに不合理な行動を引き起こしている印象があります。


平成21年9月19日 -No.17/5-
今回は送別の言葉の後半です。
 私を含めて、人は長期的に見て、最大の幸福を得るために努力しますが、たとえば、退職や進路の変更をしますが、何が本当に自分を幸せにするかはほとんど知らない。そこに人生の幸不幸があるように思います。
 今の若い人、というと語弊がありそうですが、いわゆる就活世代は、自己の無限の可能性を信じて、潜在能力を最高度に実現することこそが人生の幸福であるという時代の要請があり、それを最優先しているように見えます。でも、一方では、潜在能力を開花させれば生計が成り立つ、仕事で評価されるなどと勘違いするなという現実もあります。この辺が難しいところです。
 ただ、一般に、進路の変更については、この環境がいやだから逃げるといった気持ちで決断すると9割は失敗する。自分のステップアップのために、新たな目標のために進路を切り替えるんだという前向きの気持ちがほしいと思います。彼の気持ちも、「本当にやりたいこと」というプラス志向が強く、私どもの説得も及びませんでした。彼の今後の目標については、この会の途中で、聞くチャンスがあると思います。
 成功するには、努力と、努力してきた自分を客観的に示すことと、そうして生まれる人とのネットワークが重要だと思います。新しい環境でも同じことだと思います。元気でやってください。
 来週は学会なのでお休み。次回は10月3日の予定です。


平成21年10月3日 -No.18/5-
 民主党もチェンジの波に乗って、本格始動です。各大臣が自分の言葉で方針を述べている。そんな印象があります。
 革命と表現される社会の変化は歴史上、何度も登場します。社会を人間関係の大きなネットワークとして捉えると、革命はネットワークが大きく変化することと理解されます。ネットワークの最大の変化を最小の力で得るポイントは個々人の繋がりの質が変化すること。血縁関係、雇用の再編、価値観の変化。繋がりの変化は流行を伴って、雪崩式に拡大し、社会全体に広がります。
 社会現象には構成要素が単純な規則に従って運動することで、全体の高度な秩序を生み出すというネットワーク=複雑系の性質が表現されます。そして、時代の雰囲気(流行)が人々の自発的な行動に影響し、全体の秩序を変えていくのです。特に影響が大きいのは、基礎的な技術の変革です。通信技術、情報共有、交通手段、生産技術の進歩などが挙げられます。
 革命は政治家が起こすのではなく、自然と時代の雰囲気によって起きるはず。時代の雰囲気の変化を感知して政治的に動くのが政治家です。


平成21年10月10日 -No.19/5-
 うちの息子は1歳の時から保育園のお世話になりました。卒園パーティで、1歳から3歳までお世話してくださった保母さんが「大きくなったね」と声をかけてくれたのに、本人は記憶がない様子。当時はあんなに「きょうこ先生」と言って甘えていたのに。
 4歳以下の子供たちの記憶喪失は、記憶が一時的な記憶方法からエピソード記憶に切り替えられる時にニューロン・ネットワークの再組織化によって消し去られるのでしょうか。人が生まれる1ヶ月前に神経細胞は300億まで増えるが誕生時には140億に減少するそうです。おそらく、有機的なニューロン・ネットワークからもれたニューロンは死ぬのでしょう。
 エピソードに組み込まれなかった事柄は短期的には記憶しても消えていきます。エピソード自体もインパクトの低いものは記憶に残りません。歳とともに生活や仕事の新鮮味がなくなってきています。総じて、記憶力が落ちた! 仕事では大量のメモを作成してさばいています。


平成21年10月17日 -No.20/5-
 父親がパーキンソン症候群と診断されて早や1年。ついに経管栄養の手術を受けることになりました。終末期医療状態です。患者の寿命を延ばすことを至上命令として医療技術が発展してきた結果、病院でただ生きているだけの老人が多くいます。長生きがリスクとなってしまいました。高齢者(人間だれしも)が本当に求めているのは単なる長寿ではなく、自立した長寿と思いますが、現実はなかなか理想的にはいかないものです。
 父は家に帰りたいといいますが、それで緩慢な死を迎えさせることになってしまう。家族としては覚悟が決まりません。意思表示があれば、それをかなえてあげたいと思っていましたが、母にはできないようです。しかも、現実には母一人で父の最期の世話をしなければならない状況です。
 今は母の気持ちに従って医療を続けています。自分の遺言状(No.9/5 7月18日)に、延命医療として経管栄養術と人工呼吸器を拒否することを具体的に書き加えました。


平成21年10月24日 -No.21/5-
 犬がペットとして第一位の地位を占めるのは人間のボディランゲージに反応する能力があるためでしょう。チンパンジーや狼にはない能力です。人間の子供たちは自分から学びたがるし、言葉を覚える行為から大きな喜びを得ているのに対して、サルはおだてたり、エサで釣る必要があります。言い換えると、人間とのコミュニケーションに対してやる気がないのです。犬は熱心に覚えよう、応答しようとしているように見える。餌は効果的なご褒美ですが、ただ褒めるだけでも十分です。
 赤ちゃんの成長にはコミュニケーションが不可欠で、早いうちから周りの人間たちの表情を読み取り、真似をし、同じ事柄に関心を示す応答があります。この仕組みは神経生理学的に説明可能なのでしょうか。
 誕生したばかりの人間の神経細胞の数は140億個で大人と同じと考えられています。しかし、脳の重量は400gと、大人の3分の1以下。重量の差は主に誕生後に爆発的に始まる神経線維の伸長と考えれられています。赤ちゃんは胎内から出ることで周りの様々な知覚を取り入れ、体を動かして見て、有効な神経ネットワークを選択します。無駄なくらい大量に神経繊維が伸びて、そのうちの繰り返し刺激される部分が残される。その神経回路は骨組みとなって、さらに新たに、大量に神経線維が伸びて、新しい神経ネットワークが形成される。
 神経ネットワークは誕生前に作られた部分があります。その大部分が反射運動を担います。他人の認識、他人への深い関心も、あらかじめ神経ネットワークとして組み上げられているのでしょう。動物種差があるのは、遺伝子として組み込まれているのでしょう。人間にプログラムされた関心の遺伝子は赤ちゃんの能力の成長に必要不可欠です。


平成21年10月31日 -No.22/5-
 動物の自己認識力を検定するための実験では、自分では見えないところ(たとえばくちばしの裏など)にマークをつけます。そうしてから鏡の前に連れて行き、もし鏡でしか見えないマークをとろうとしたら、鏡のなかに映るのは自分であると認識していると判断され、自己認識力がある、と判定されます(科学をちょいびきmag2 # 169799)。
 この種の実験をクリアしてきたのは、チンパンジーやイルカ、ゾウなど少数の高等ほ乳類のみでした。しかし、最近の研究ではカケスやカササギ、ハトがほ乳類以外で初めてこの実験をクリアしたことが報告されています。自分を認識できる能力は集団で社会生活をする動物にとっては必要な能力のようです。
 人間には、それに加えて、相手に心があることを想定し、シンボル化して操作(思考)することができます。当たり前のことですが、他人に心があると理解することは社会関係を適切に処理する上で協力無比な手段です。ただ、厳密に言うと(類推説)、他人の心はあくまで推測の域を出ない。夕陽を見ながら「真っ赤だね」と言って相手も「真っ赤だわ」と答えてもその内容は違うかもしれない。
 ニューロンの話に持ち込めば、心があることを理解するのはミラーニューロンの働きになると思われます。すると、言語の獲得が心の理論を獲得する必須条件なのか、心の理論(ミラーニューロンの進化形)が言語の獲得に必須条件なのか?


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